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SHOSTAKOVICH

20世紀を代表する作曲家、SHOSTAKOVICHのページです。

略歴

日本語での表記

出会い

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略歴

1906.9.25 ペテルブルグ(当時)に生まれる。父は化学技師、母はピアニスト。3人兄弟の2番目(長男:姉と妹)
9才の頃より母よりピアノを習いはじめ、13才でペトログラード音楽院へ入学しピアノと作曲を学ぶ。19才の時卒業作品として交響曲第1番を作曲、世界的に知られるようになる。
以来、交響曲を15曲、弦楽四重奏曲を15曲、協奏曲を6曲、オペラ、バレエ、器楽曲、歌曲、映画音楽、歌謡曲など、大曲から小品まで170曲以上(作品番号では147まで、番号なしが何曲かある)もの作品を残しました。
ソビエト当局からは何回か糾弾されそのたびに見事に復活し、3回も結婚し、持病の心臓発作で静養地を転々とし、世界各地を回り(日本には来ていない)、波乱に富んだ生涯でした。
息子マキシムは指揮者、その息子ドミトリーはピアニストとして活躍中。(彼らは、ソビエトから亡命した)
1975.8.9 永眠

 

日本語での表記

日本語(カナ)での表記では、いろいろな種類があって思いつくだけでも

などがあって、「ヴィ」と「ビ」の違い、「ー」の有無、「ッ」の有無が挙げられます。CDや出版物では「ショスタコーヴィチ」が多いようです。私はずっと「ショスタコーヴィッチ」と表現していました。また、略して「ショスタコ」や「ショス」ということもあるようですが、「タコ」などというのは絶対に許せません!(交響曲第8番は「タコ8:たこはち」というらしい。タコスロの方がまだ許せる。ニュル〜〜。でも「ドボ8:どぼっぱち」は好きです。)

 

出会い

中学生の頃、吹奏楽部の先輩が交響曲第5番の終楽章を部活で演奏できるようにとアレンジしていました。その先輩からレコード(たしかロジンスキー盤だったと思う)を借りて初めて全曲通して聞いたのが深みにはまるきっかけでした。しばらくして、コンドラシン盤の交響曲全集が徐々に発売され、以来20数年ハマリっぱなしです。

 

本棚にある出版物

書籍の部

スコアの部

楽曲ごとのスコア 多数



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